東京家庭裁判所 平成10年(少)501444号 決定 1998年7月31日
少年 N・H(昭和55.3.23生)
主文
少年を中等少年院に送致する。(一般短期処遇勧告)
理由
(罪となるべき事実)
少年は、公安委員会の運転免許を受けないで、平成10年7月8日午前8時ころ、東京都足立区○○×丁目××番×号付近道路において、自家用普通乗用自動車を運転したものである。
(法令の適用)
道路交通法118条1項1号、64条
(処遇の理由)
本件は、少年が、平成10年7月7日夜に父親所有の上記普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)の鍵を持ち出し同車両を運転して勤務先のホストクラブに出勤した後、仕事を終えて帰宅する際、判示日時・場所において本件車両を無免許で運転したという事案であるが、少年は、同年3月14日夜にも、出勤の際に本件車両を運転して無免許運転で検挙され、同年5月20日当裁判所において交通短期保護観察に付されたばかりであるのに、それから1か月半しか経たない上記保護観察期間中にまたしても本件非行に及んでいる。しかも、少年は、これまで全く運転免許を取得したことがなかったにもかかわらず、中学時代に原動機付自転車の無免許運転に及んだのを始め、平成9年夏には普通自動二輪車を購入して約1か月間程度無免許運転を反復継続し、近時は頻繁に本件車両の無免許運転を繰り返していたことが窺われるのであって、本件無免許運転の常習性は否定し難く、少年の無免許運転に対する規範意識の欠如は顕著であると言うほかない。
ところで、少年が本件非行に及んだ経緯を見ると、少年は、本件非行の前日である平成10年7月7日朝に勤務先からタクシーで帰宅した際、母親にタクシー代を要求したものの、母親が直ぐに金を出さなかったことから、職場内での出来事に対する苛立ちも加わって、激高し、母親に殴る蹴るの暴行を加え、さらに、警察に通報しようとしていた姉に対しても殴るなどの暴行を加えて暴れ、母親と姉が近くの交番に助けを求めて逃げ込む一幕があり、その後、同日夜には、少年と将来のことを話し合おうとした両親の言に耳を貸さず、怒鳴り散らすなどした挙げ句、本件車両の鍵を持ち出し、同車両を無免許で運転して勤務先に出勤していること、また、少年は、前回の無免許運転の直前にも、酒を飮んで帰宅した父親に勤務先に送って行くよう頼んだものの、断られたことに激高し、父親に暴行を加え、馬乗りになった上、その首筋に果物ナイフを突きつけるなどして怪我を負わせた挙げ句、隙を見て本件車両を無免許で運転して出勤しようとして検挙されたことが認められるのであって、これらの経緯に照らすと、少年にとって、本件非行は単なる無免許運転以上の意味を持っていると考えられる。そこで、さらに、少年の成育歴や資質等について見ると、少年は、中学校3年生までは小学校から続けてきた野球に打ち込み、高校進学も野球の強い学校を希望して受験したものの、合格できず、平成7年4月一旦は通信高校とそのサポート校に入学したが、やる気をなくし、同年夏ころからアルバイトを始めて怠学や不良交遊が多くなった上、平成8年2月には万引きを敢行して検挙され(同年4月5日に審判不開始決定)、さらに同年8月にも再び万引きに及ぶ(平成9年1月17日に審判不開始決定)とともに、そのころサポート校を中退し、平成9年4月からは現在の勤務先であるホストクラブに就職する一方、平成10年3月には通信高校も中退してしまった。他方、少年は、中学時代から些細なことに激高して母親や姉に暴力を振るうようになり、平成9年11月には母親の前で包丁を持ち出し自分の首に突き立てて暴れたことがあり、その後、前回の無免許運転の直前には父親に対し、また、今回の無免許運転の前には母親や姉に対し、それぞれ上述した暴行を加えている。そして、少年の性格は、感情の揺れが大きく、些細なことで落ち込んだり、怒りを感じ易く、感情が高ぶると抑制が利きにくくなって、粗暴な行動に出ると歯止めが利かなくなるなど資質面での問題性が大きい上、他人の評価に敏感で、目立ったり、周囲の関心を惹きたいとの気持ちが強いものの、現在家庭や職場において自分が認められていないという気持ちも強く、情けなさやふがいなさといった感情を払拭しようとして、家庭内で暴力行為を繰り返すとともに、両親に対する当て付けや憂さ晴らしから本件非行を含む無免許運転を重ねている状況にあると考えられる。しかも、父親は、これまで仕事が忙しいことを口実にして、少年が埼玉県朝霞市に単身で居住していた一時期を除いて少年と親密な関係を持てないまま、少年の要求や素行を受け入れるだけの優柔不断で甘い態度に終始しており、他方、母親は、少年から暴力を加えられるようになってからは、少年に愛情を抱き心配してはいたものの、自分さえ我慢すればとの気持ちから、正面から少年に対峙することなく、本心を隠してその場限りの対応で終わっているのであって、これまで両親共に少年の問題行動に対して適切に対処することができていない。そして、このような両親の態度が、かえって少年にもどかしさや疎外感を感じさせ、少年の不満を助長する原因にもなってきたと考えられる。
このように、本件は無免許運転1回の事案ではあるが、本件非行の背景を見ると、少年にとって無免許運転は、単に交通法規の軽視といった理由からではなく、これまでの家庭内での暴力行為と同様、少年の資質面での問題性に根ざしたもので、特に、家庭や職場における不満を解消する一手段として敢行されている側面が強く、他面、保護者は、このような問題性を持った少年に対し、適切に対処できていないだけでなく、これまで長年にわたって少年が家庭内で暴力行為を繰り返してきたこともあって、保護者を含む家族と少年との間には既に相当な亀裂が生じていることが窺われ、このような家族関係を修復し、健全な関係を確立しない限り、少年が再び本件と同様の非行に出る蓋然性は高いと考えられる。
以上のような問題状況に対し、少年は、今回初めて観護措置を取られたことを契機として、当審判廷では、これまで職場でのストレスを、甘えから家族にぶつけてきたと反省し、今後はホストの仕事を辞めて、かつてしたことのある塗装工や父親がしているコンビニエンスストアの仕事に就くとともに、家族との間でもコミュニケーシヨンに努めたい旨述べており、少年においても、それなりに内省が深まってきていることが窺われる。しかし、少年は、いまだ少年自身の性格的な問題性や、これまでの家庭内での暴力行為によって家族が受けた心の傷等については、十分に目を向けるに至っていない。他方、保護者も、今回の事件を通して、これまでの少年とのかかわり方に問題があったことを認識しつつあるものの、これまで少年に対して取ってきた態度が少年に疎外感を感じさせてきたことなどにはいまだ思い至っておらず、また、これから保護者として少年に対しどのように対処していくべきかについても現実味をもった解決策を講じるまでには至っていない上、他に活用できる社会資源も見当たらない。
このような現状に照らすと、少年を社会内において処遇するのは困難であると言わざるを得ず、この際、少年を矯正施設に収容した上、計画的かつ系統的な専門的指導を加えながら、少年に対し、少年自身の性格的な問題性や家族の気持ち、更にはこれからの家族とのかかわり方などについて十分考えさせる一方、その間、保護者に対しても、少年の性格に対する理解を深めさせ、今後のかかわり方などについて考えさせるとともに、実際に少年との交流を図らせながら、これまでの家庭内での暴力行為によって生じた少年と家族との間の亀裂を修復し、受入れ態勢を整えさせるなど、少年と保護者らとの間の環境調整にも努める必要があると考えられる。ただ、本件非行が無免許運転1回の事案であることのほか、少年が矯正教育を受けるのは今回が初めてであること、少年も、今回の観護措置を経ることによって、少年なりに反省し、今後の家族関係について考えていこうとする姿勢を示していることなどの事情に照らすと、少年院での処遇は、一般短期処遇過程での集中的な矯正教育によるのが相当である。
よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 川口宰護)
処遇勧告書<省略>